昭和40年05月23日 月例祭



 今朝、御祈念の後に、特別の信心奉仕をなさる、推進委員という、人達、これはだいたい美登里会の方達で、出来ております会でございます。その方達の、今日は、もうほとんど全員揃われましての、御造営成就の御祈念がございました。もう熱心に皆さん真心込めての御祈念と、また思い立ちでございます。その後私お取り次ぎをさして頂いて、私先唱して御祈念さして頂きますために御祈念のその出らして頂きましたら。
 もうそれこそ、優しい優しい女の、ご婦人の、言わばお声でですね、「皆さん勢を揃えて、勢が揃われておめでとうございます」という言葉を頂きました、「皆さん勢が揃われておめでとうございます」と、ね。勢が揃わなければ出来ない事がある、ね、てんでんばらばらでは、おかげにならん、同じ事を、同じ思いで、同じ時間に、しかも一二の三という合図の元にです、それが、成される時にです、一人ではどうにも出来ない、三人五人ではどうにも出来ない様な事柄が、成就していくというわけなのである、ね。
 皆さんどうでも一つこの、「皆さん、勢が揃われておめでとうございます」と、そこで私は、御祈念を終わらして頂いてそのことを、皆さんに伝えさせて頂くと同時に、申し上げたわけでございます。神様が只今そうしてお言葉を頂いたんですけれども、さぁ果たしてお互いの一人一人の心に中に、それはそれをお取次ぎさせて頂く私自身とても同じこと、神様から「おめでとうございます」と、言われる、だけの、内容があるかどうかと、いうことを、検討して。
 検討すればするほど、「こんなことでは相すまん」「こんなものでは、こんなことでは」と、いうことに気がつくであろう、そこんところを詫びてゆかなければなりません、詫び貫いていかなければいけません。今朝からの、御理解の中にもございましたように、ね、「お道の信心で何を持って、ね、お道の信心の中心とするか」と、「助かる」と、いうのがです「どういう助かり方、が本当に助かる事なのか」と、「椛目では、皆さんが「椛目椛目」と言うて参りよるござるが、だいたい椛目の先生はどげなことば教えなさるか」と言われる時にです。
 皆さんはどういう風にお答えになるだろう、「それはお参りしてみなさい」と、「そりゃぁもうご利益はあらたかだ」と、だけではいけん、真実自分自身が助かっていっておる、姿がです、ね、そういう助かっていく道、その助かるということはです、ね、自分の心一つで、お話しを頂いた途端に助かる。昨日、今晩はお参りになってないですかね、あの、川上さんのお導きで、伊藤さんと言う方が、まだ四・五回ここへ参ってきた、この前お参りして来てからです。
 ある一つの難儀を持っておられる、丁度午前中の奉仕の時でございましたから、私ここへ奉仕しておる、あちら入ってみえて、ここへ、ぬかずかれてから(笑)。涙ポロポロ流してから、「先生どうしたわけでしょうか」(笑)、涙ん出るとがどうしたわけじゃろうか聞きよりなさいますもん、「どげなふうな、どんな、どげな風にあるとですか」っち、「知らんあそこ障子を私開けさせてね、こちらの方を見せて頂いた途端にですね、何か胸が一杯になりました」と。
 「先生の前に出らして頂きましたらです、あれもお届けしよう、これもお伺いしてみろうと思うておった事が、それこそ霧が晴れていくようになくなって、ただ何とはなしに、これが有り難い言うのだろうか」と言うてその、涙を流して言われるんですよ、「椛目という所は不思議なところでしょうが」と、椛目には確かにそういうものがここのお広前にはあるのですよ、ね。
 「ですから、あなたが今日どういうことをお伺いになる、どういうことをお願いなさろうと思ってみえとるかは知りませんけれども、もうあなたの事は神様が引き受けたと、言うて下さっているのも同じですよ」と言うて、お届けをなさらず帰られました、ね、それからまたその、その翌日、まっ、とにかくやっぱ有り難かったんですね、お参りしてきた、丁度私はあいにく留守しておりましたけれどもです。
 「はぁよう教会までお参りしなさる」と、「川上さんやら徳久さんやらも感心だ」と言うておった私がです、何か知らんけれどもひかれるように、椛目にお参りをさせて頂いた」と言うて、お礼お届けをしておられます。ね。「心が、助かる」。今朝から私はその「助かる」ということについて皆さんに聞いてもらったんです、ね、あれは、本居宣長の詩だったと思いますね、
 「敷島の 大和心を人問あば 朝日に匂う 山桜花」と、ね、「日本人の心というのは、どういうような魂か?心か?」と人が問うたならばです、それはあたかも、「朝日を受けて、桜が咲いておる、丁度あのようなものである、しかも山桜のように、パッと咲いたかと思うたら、いよいよ散らなければならない時にはもう潔う、散って行くという。これが、日本人の魂だ」と、言わばその、こういう表現なんです。
 けれどもです私はここんところですね(笑)、私もそう思うておったところが昨夜なんです、お風呂入っておりましたら、一番下の栄四郎が「僕も入る」っち言うてから入ってきました、もう顔にもうこっう、そのぉ墨を付けてきとるとですもんね。いやぁあんた・・「今日は、その、習字の稽古があった」と、「いやでもそげん顔にも書かんでよかろう」っち(笑)けれどもできるだけ、やっぱ手でも汚したつほど、やっぱ稽古しとる(笑)、とっち、で先生が「お前よう稽古したね」っちか言いなさる(笑)、
 それで顔まで書いてきとるわけなんです。ところがなら、なかなかその落ちんのです、それで私風呂に入ります前に「そげん汚れとったっちゃでけん」っち言うて私が、こうして捕まえておいてからあの、お~、ヘチマの、皮っ、あれがあるでしょう、ね、あれに石鹸をつけて(笑)私がこうゴシゴシ、「とれたか」っち、ほれで私がその、栄四郎に洗うてやりながら、話すんですね。
 「昔に、あの乃木大将っち言う方がおんなさった、あれは子供の時に名前を『ナキンド』と言った、もうとにかくようからじゃった、丁度栄四郎のごたる、ところが、ある冬の寒い朝に、ね、「寒い」と言うて小言を言うた、そしたらお父さんがね、「寒いなら表へ出て来い」と言うて、井戸方へ連れて行って真っ裸にして、頭からお水をかけなさったげな。それからもう決してなら寒いということを言わん、少年になり強い青少年になり、そして乃木大将とまで言われるような立派な人になられた。
 したらこの人が「ああ、あれは愚連隊の大将じゃ親玉よ」っち言うちから「あれは愚連隊の大玉よ」っち言う(笑)うん「僕達はね、寒いなら寒い、痛いなら痛い、と言う」とこういう事なんです、私はそれ聞かせて頂きましてですね、成程こう言う様な一つの思想、考え方というものはです。必ず時代時代の推移共に、変わるということ、これは私の、私共の今まで考えてきておったです、「忠君愛国」とか、ね。
 「武士道とは死ぬる事だと見つけた」といったような考え方というものはです、なるほどこれは本当じゃないな、なるほど暑いなら暑い寒いなら寒い、痛いなら痛いを訴えてです、ね。その方が例えば本当な考え方ではなかろうかという風に私考えたんですけれどねけれどもね、御道の信心をもし人問わばね、椛目ではどげなん事を先生が教えなさるかと人問わばこの答えは、私は何時も時代でも何時でも、ね。
 椛目のではない、普遍のものであると、それを世の中にです、難儀の尽きない限り、ね、難儀というものがある限りです、お道の信心の神髄、いや椛目で私が教えておるところの、信心というのは、何時の時代でも変わらないだろう、それはどういうようなことかと言うと、私自身が助かるという事だということ、助かるという事はです。何日しなければ、何年しなければ助からんと言うのではなくて、ね、
 自分の心がですどうして難儀な事であろうかと、私のような不幸せのような者があろうかと思うておったのが、お話しを頂かせて頂いておるうちにです、「はぁ相すまん事であった、考えてみればみるほどに私は、言うならば、幸せな私であった、これは不平不足を言うておる私が間違うておった」と、そういう心を開かせて下さる。こちらの心次第では即そのまま、助かりになっていくというところの、信心なのだと。
 どういう難儀を持っていってもです、お取次ぎを頂かせてもらう時に、その事がおかげになって行くということと同時に、私の心の中に助かりを感ずる事が出来る、すく「はぁこれで私は救われた」と、「いや私はこれから助かって行けれるんだ」「この信心さえしておれば、この道さえ歩いていけば」というような、確信までが出けて来る。もう、そしてそれから先は言葉では言えない、「どうして、ここへ参りましたらこんなに涙が流れるであろうか」というようなです。
 もう言葉では表現出来ないような有難いものをです、いやそういう意味合いにおいての助かりが、私共の心の上に家の上に私を周辺とした所の中にです、助かりがみられる様になり、感じられるようになるという事が有り難い、椛目ではそういう事が教えられるのである。ね。どんなに自分が助かっておる様に思うておっても、心の中に愚痴があり不足がある、とするならば、それは助かってはいない証拠だと、ね、
 そこんところを皆が気づかせて頂いたらです、なら本当の助かりのために信心の稽古を、させて頂こうという気にならなければいけないと、この難儀から脱出しよう、この難儀がです。例えば赤が白に成る様に、右が左に成る様に、とって変わる様なおかげを頂けばよいのですけれども、そういう例えばよしおかげも受けるけれども、それだけでは難儀というものは尽きるものではない。
 助かりというものはそれを持って助かりというのではない。どういう中にあっても、寒い中にあっても暑い中にあっても、おかげを頂いて有り難いというその心が助かりなんだ、私にまあだ、愚痴が出る、家内が見足らんように、主人が足らんように、子供達が言う事聞かんようにばっかり、見えたりするならば私の助かりはまだあっていないのであるから、ここんところの助かりはどういう信心をさせて頂いたら助かるかと、という事に焦点を置かなきゃいけん。
 てですね、ね、それはあなたが助かっていない証拠なのであるから、その助かりのための、信心というものが成されていかなければいけん、ね、そして自分が助かり、嫁子が助かり、主人が助かり、子供が助かり、自分の周囲の人達が助かっていくというような、助かりになっていかなければならん、ね。どんなに溺れておる人があっても、自分自身が、泳ぎが出来ずしてから助けにいく事では出来ない。
 まず自分自身が、どういう難儀の中でも泳ぎ抜けれるだけの力と泳ぎの方法を、覚えなければいけないということ、そこに焦点を置かなければいけない、そこに何時も焦点を置いて椛目では説かれるんだけれども、そこには焦点を置かずにです、ね、あれがこうなったら、これがこう思うようになったら、おかげのような思い方をしておるところに、何時まで経ってもおかげにならん。
 今日(喉音)丁度午前中、松岡さんのところの、お、福岡の松岡さん、当人うどんの支店がある、あっちの大橋でね、高宮ですか、高宮に出けてる、長男があちらに出てるんです、久しぶりに参ってきた、で言うことがよかっちゃん、「先生私今日はあの、(笑)運転免許持たんのに自動車に乗って来た」っち(笑)「で先生どうぞ引っかかりませんごとお願いします」っち(笑)ね。
 例えばね、そういうような事からでも良いと思うのですよ、ね、それから私は、下がらして頂いておりましたら、また参ってきておりますもん、それからその、家内の里が浮羽郡の方のもんですから、あちらへ行ったらしい、したらその先生にお取り次ぎをさして頂いてから、えいらいその、ほぉこれはあのおかげ頂いた寛大なおかげを頂いた。なんでがおかげ頂いたろうかと思いよった、そすとこれが、こっちんとば踏まにゃんとば、こっちんとば踏んだらしいですたい。
 それで(?)ずうっとそればはいていったらしいです、もう入っていく具合がですね、もうなんとも言えん入り方をしたっちいうわけ(笑)、ね、そしたら後ろから来た人がすぐです、(笑)、あそこには、( ? )と思うて、高芝さんがお参りよんなさる、(笑)、やっぱ、お、せっかくあの、入っていくにはあんなふうにゴワーいかないかんですね、(笑)。おかげ頂かにゃいかん、高芝さんも今度(?)でしたです。
 いや田んぼの真ん中までいっとるげな自動車が(笑)えらいガタガタっちいうのなんの田んぼの真ん中にあったげな(笑)、こっちは免許持ってなさるとからですね、ところがです、すぐその後から来た車がです、「私が引き上げちゃる」っち言うちから引き上げちくれた、もうその引き上げてもろうて私共が行ったあとね。もうすぐ、家内の里の近所だったんで、もうすぐ、あの、交通がそこにたったっち、もうその、その事もおかげならこの事もおかげ、ね、
 それで、言わばその、これはもう困った交通が立ったけん、こりゃ帰られんぞと思いよったら、ところが昼食の時間になったら、その昼食しげに行ったから、さあこの際、っち言うてそんなことを書いて(笑)、「もう広大なおかげを頂いてから、どうぞ帰りもまたどうぞよろしゅうお願いします」と言うて(爆笑)。けれども確かにね、願えばそういうおかげも頂けれるんですよやはり、うん、ですからそういう事を持ってだけがですね「助かり」であってはならないということ、
 本当に横着な奴ちゃあもう、運転免許も持たんで、して神様にその、「引っかからんごとお願いします」なんてから、ね言わば実意が欠けておる、けれどもさあ、分からなければ、それでも神様はおかげを下さるということ、ね。だからそういう意味合いにおいての助かりならば、言わば枚挙にいとまがないと、椛目の場合は、ね、けれども本当の助かり、普遍のもの、いつの時代でも、ね、
 椛目ではどういう信心を教えられるかという時にです、言わばこう答えさして頂いたら間違いが無いという答えというのは、私自身の心が真実教えによって助かるという事だと、ね。自分自身がです不平がある不足があり、不満があるならばあなたは助かっていないのであるから、そのその助かりを求めてどうしてならば、この心が助かられるであろうかというところに焦点を置いて、次にはお参りしてこにゃいけんって、ね、
 そういうような、お、御理解を頂いておる、その後に、その御理解を頂いておられる、その今日の推進委員の方達に対する御理解なんです。丁度御祈念が終わりましたら、やはり推進委員であります、総代の中村さんがここへ出てみえられてからの、お願いなんです、「先生もう今日の御理解を頂きよりますと、もう本当におこがましゅうてです、人の事だん願う、願われるだんのこっちゃぁありません」って。
 「とても私どんぐらいの信心で、椛目の御造営のどうこうと言うて、言いよりだんのこっちゃぁございませんのですけれどもです、祈らなければおれんやむにやまれん思いでです、出きないことを思いをさせて頂いて、どうぞ御成就のおかげになってまいりますように」というお願いがありました、この辺にです、信心の、言わばその微妙さ、デリケートさというものがあると思うんです、ね、助からなければ人のことだんが助けられ、例えばです、ね、ここに難儀な人がある。
 「なんと一気の毒な事であろうか」と、「自分は不幸せと思いよったけれども、この人はもっと不幸せなんだ」と、ね、自分は助かっていないのだけれども、やはりこの方の事を祈らずにはおられない、縋らずにはおられないと言う様な心が沸いてくるそういう心が神心、次には今度はそういう心助かっておらんごたる「願うてっちゃ駄目だ」と言いよるかと思えば次にはです、ね、そういう難儀な人人の場合はです「気の毒な事じゃ」と、それを思わせて頂く心が神心だと、「かわいいと思う心が神心」、ね。
 桂先生は、遠賀川ですか、あちらの教会の、日吉ツルという、女の先生に、そういうお知らせ、あ、お知らせを、をお伝えになっておられます、大変難儀な病気を持っておられた、どうしても助からん、どんなに熱心に参ってもおかげにならん、そこである時、桂先生、御神前にいって御祈念をなさっておられたところがです。「日吉ツル」ね、「人を助けて我助かれ」と仰った、神様が、ね、してみると今朝私が頂いた御理解と反対です、ね、自分が助からなければ、出来んと、ね、
 人の事だけは祈れるだん、祈られないんだとこう、言っておりますけれども、ね、実は自分が助かっていないからこそ人を助けるのである、ここにき、皆さんがこの信心の話し頂きよってですたい、矛盾を感じられては信心になりません、それも本当、これも、というような頂方が出来なきゃ、ね。「人を助けて我助かれ」と、自分は助かっていないのだけれども人の助かりのために一生懸命になられた、そしたらお徳を受けられた、教会の、教会、を、持たれるようなおかげになってきた、ね、
 そこで、今日推進委員の方達に私が申しましたようにです、神様がなら勢を、勢が揃われて、「勢が揃われておめでとうございます」と仰るのはです、私が助かっておるわけではないのだけれども、ね。やはり、それを祈らずにはおられないという心、その祈らずにはおられないという心でもです、検討さしてもらうと、不十分なものである、ね、今日は皆が集まらない、バラバラに今なっとるから集まる、ね、
 自分だけ、御造営の事祈ら、祈っていないように皆さんに思われては、やっぱ、つまらん、だからやっぱり顔を揃えなければいけない、と、というようなです、気持ちでやはり集まって来た、え、来とる人もあると私は思う、ね、ですからそういう人達でもです、ね。お参りさして頂いて皆の、今日の丁度推進委員の方達ちの中に、久冨さんがです、ある、お参りも出来ない、一生懸命の思いを持っておるんだけれども、お参りも出来ない方があるんです、同士の中に、その方の事をですね
 その「槌を買う」と言うですね、「槌を買うてやれ」とこう言う、「その方の事を祈ってやれ」と。今日私はここから、本当に感激させて頂いた、というのは、この前の月次祭の、ここでの、お話しを、今日はあの、上熊本の方達が久しぶりに参ってまいりましてから、今朝の御理解を頂き、そして、「えらぁい、御理解をおかげ頂きだしたよ」と思ったら、この前の18日のお月次祭のお話を頂いてるんです。
 もうこの、この人達はあんな御理解を頂いたらびっくりするじゃろうと私は思うた、けれども少し、かん、あそこで、「ああそれはいかんばの」っちこっから笑うわけにはいかんもんですから(笑)、私も最後まで聞かせて頂いたらです、皆がですね、もうハンカチどんおさえてから、あれを頂いておられたということです、もう久しぶりで、御理解を、本当にシャンとした御理解を頂かしてもらいました。
 私自身もですあの御理解を頂かせて貰いよってから感激致しました、もう神様が切々としてですもう本当に助かってもらわなければおられん、まあ本当に氏子可愛いという一念がですあの激しい御理解の中、いわゆる感じられると言う訳なのです、私もそれを感じました、久保山先生がですやっぱ自分も聞きよる。「はぁもう時々きかれる時あの御理解、どういう時にも頂かにゃいかん」っち言うてからその言うておられるです。」
 「共例会にあれを持ってまわったらよかろ」っち言うてからその言うておられますようにですね、あの時には私自身も、「あじゃあ、そのう」っちした後にです、本当に過激なことを言うたな、と。本当に口から出任せのことだったな、と、けれども口から出任せだったという事だけにです、神ながらなものであったなという事も私は感じさせて頂いた、その証拠にです、あくる日からもう本当に、それこそ椛目のお広前が見違えるようになった事なんです、ね、
 本当に今日なんかはあ私がここを下がるまでに、250名からお届けさして頂いております、しかもです皆さんが本当にその後造営の事を中心にしてです、一生懸命に願われるという事です。私椛目の方達の信心はあそこが素晴らしい、「あげんやかましい言うたけんでもう参らん」っち言う様な(笑)は本当に一人もいなかったという事、皆が「久し振りでおかげを頂いた」と言うてその、おかげを頂いておられるという事。
 今日はあそこへ、大盛台のの上に、こちら一台、今度の設計のための言わば、(むぎさい?)というものがですね、・・・・・神様から、今日推進委員の方達がです、勢が揃われて、「おめでとうございます」と、神様から、ああ、そういうお言葉を頂かれたと、いう、その頂かれた皆さんがです、本当にそれだけを、神様から言われるだけの、内容であるか?ということになってくると、本当に恥ずかしい話しだけれども、相すいませんの一語に尽きると、ね。
 本当に助かってもない私共がです、おこがましゅうこういうことをです、願うておるということは、神様がお聞き届き下さるか下さらんか分からないのだけれども、ね、そこのところを修行でカバーをまずさしてもらい、ね、そのような信心に工夫をこなさして頂いて、それでもやはり中村さんじゃないけれども、「祈らなければおられない縋らなければおられないのだ」というような思いがです、私が古屋さんが何十日間をかかってです、不眠不休でです、ね。
 門外不出でです、あれを書き上げられたような、精神を持ってお互いの心が揃い、ね、そういう心を持って、勢が揃うた時です、いよいよ大きな意味合いにおいての神様がです、ね、「勢が揃えておめでとう」というような、お言葉が頂けれるようなおかげを頂けれる、いや、その時に勢が揃うて、おめでとうではない、「見事に成就しておめでとう」ということになるだろうと思う、ね。
 神様の働きの場がです、ね、本当に「神様おめでとうございます」「氏子おめでたいことじゃ」と言うてです、ね、祝い合い、めでたい合い、ね、お礼を言い合うて、おかげを頂けれるような事に、成就さして頂く、そのことに邁進さして頂き、そこに私の真実の助かりを、体験さしてもらえる、ね、それを、その助かりをです、ね、いつの時代までもの、お道の信心ではです、こういう、助かり方を持って本当の助かりなのだという、助かりを自分の心の中に、銘々頂かしてもろうて、ね、
 おかげを蒙っていかなければならない。椛目の信心と問わば?ね、「とにかく私を見て下さい」、「私一家を見て下さい」、「私共の助かっておる姿を見て下さい」、ね、と言えれる、こういう助かりの道を、椛目では教えて頂くのですよと皆さんにお伝えが出来られるような、おかげをです、この際、打って一丸になって皆が、おかげを頂かなければならないという風に感じるのです、ねそれには皆さんだけじゃありません、私自身がいよいよ本当の助かりになって行かなきゃなりません。
 私昨日、昨日でした、茂さんが、あの、事務の方御用でみえておられました、あの実行委員の方達全員に郵送を、またはここで配られるか分かりませんけれども、だいたい今日配られるようになっとったんだそうですけれども、判が出けてないという、印刷は出けておる、それは今度の御造営について、企画委員の、方達からその、いよいよ、例えばこうして、御造営の設計図が出けてきた。
 もうこれに業者が入るだけ、おかげを頂きましてこの20日に、、神様のお知らせの通りにです、20日と仰っておったが20日に、県の方からの、いわゆる、完全許可と言うですかね、許可がまいりました、盛んに現在、お土盛りがあっておるそうでございます。今日熊本から来た方達もあちらへ見に行ってから、もうあんまり広いもんだから、もう本当におかげを、何か知らんけども、もう自分の事のように喜んで帰ってみえられましてですね、おかげを頂いておられます。
 皆さんもどうぞ、一遍あちらにおいでられてから、いよいよその、お、気を安のうてこなければいけません、ね。ですからいよいよこの次には、業者の方が入るということになります、もう業者の事、方には、が、入るということは、他人の手に渡るという事なのです、ですからもう、いい加減な事じゃあいけません、ね、何ヶ月の間に、こういう事が出来るのだから、なら何ヶ月の間に、これこれの金額というのが、支払いをせなければならんという約束なども、今度きちっと出来るでしょう。
 ためにはです、それにその計画がこっちはたっとかなければならないという事、ね。それで例えば今年いっぱいなら今年いっぱいで、何月には自分のいくらおかげを頂こうと思う、何月には自分はいくらおかげを頂こうと思うということをです、その思うておる事、を、無記名で、書いて頂いてから、こちらでその設計、企画員の方達のそういう参考にしたいとこういうわけなんです、勿論ですから、ね。
 私は先日聞かせて頂いた話しなんですけれども、三代金光様の時代にあの、御造営が出けたんですね、あのマンモス祭場というのがでけた、あの時です、あの出来上がるまでの金光様の御結界での、御浄財の取り扱いというのが大変厳しくなったという事です、お若い時にはあれがあった、ね。けれども最近はそれがあんまりなかったんだそうです、ところがですね、もうここで不浄になったものは全然お受けにならなかったという事でございます、という程に厳しくなられたという事です。
 いかに、例えば御造営がです、不浄がかかってはならないかということなんです、ですから出来ない人はまんまるを書いとけばいいのです、名前は書いてないのですから、ね。無理する事はいらんのです、けれども止むに止まれんこういうようなおかげを頂きたいという人をです、ね、久留米の石橋先生に、神様が仰っておられますように、「ない袖はふられんというけれども、信心はね、ない袖のもういっちょ向こうをふらなければ、本当のおかげにはならんぞ」と仰っておられます、ね。
 だからそういう意味合い、こういう意味合いにおいてで、で、皆さんのところへ、お手、あしをすることになるのでございますからです、けれども私はちょっと人間心使ったんですね、「あれは皆にすることはいるまい」と私が思うた、最近、せっかくお参りしてみえる方達に、こうしたらいかにも「寄付して下さい」と言わんばっかりのごたる風に思われてもいけない。
 またこの人はどんなに考えてん出きるとは思われんから、そげな人にはかえってあげんほうがようなかろうか、こり積ませる、そういうような考えで、私久保山先生とシゲオさんにですね、「一遍あれからずーっとこの抜粋してですね、誰々にあの、郵送さしてもらうということにせにゃいけんなぁ」と私は言うて御結界につかせて頂いておったらです。そこちょ真ん中開いて、こういうようなねお知らせを頂いた。
 昨日伊万里から参って来た方、この方のお取り次ぎをさして頂いておったらね、これを頂くんです、皆さんもこんな字は、あの、ご承知、分からんだろうと思うですね、この「臣」ですね「臣」、「臣」の横、横に「己」という字が書いてあって下にテンテンテンと、いわゆる心だ、「臣」「己」「心」と書いてある、これはひろ、「煕」と読むんです、ひろ、ヒロユキと、下が行だから。「煕行」と読むそうです。
 これは伊万里先生が付けられた、のじゃから、しらごとじゃないでしょう、この字を頂くんですね私、そして御理解にです、もうそれこそ、もう何かですね、なんというでしょう、「お前まだそんくらいのこつも分からんか」っち言うごたる風な、口振りを頂くんですね、ね。例え一月に一遍参って来る氏子でもです、「お前に「親先生」と言うてから参って来るのは、やはり子供じゃないか」と、
 「その子供に(?)をする事があるか」と、「お前が一生懸命それを忘れてから、祈りで、祈りを忘れるようなことをしよるから、お前が人間心使うことならん」というような意味のことを頂くんですよ、それを頂いてから、久保山先生に「もう本当に一言もないことですな」と言うて言うたことでした、ね。「そげなことでけがすることはない、自分の子供と思え」っていうこと、「自分の子供の中に出来る出来んは別としてです、ね、自分には平出されたと子供が思うたらどうするか」と、
 「お前が子供の事を一様に祈っていないから、そんな人間心を使わなければならんのだ」という様な事を頂きまして。「こりゃあ先生、皆にやっぱ配らにゃいけんよ」と言うて昨日まあ申しましたようにです、そういう意味合いにおいて、お手元にお配り致します、ですから期限がきってございますでしょうから、その期限、ここで皆、あの無記名でそれを、箱が用意してございますから、その箱の中に入れて頂いて、そして、計画を立てられるという事になっております、どうぞよろしゅう御ふくおぎを願います。
 つきましては、来月の十日がまた、御本部の御大祭、お祭でございます九日から発たせて頂きます、至急お申し込みを頂きますようにお願いいたします、それからこの十月が、あ、小倉の八十年か七十年かの記念祭、それでその、団体参拝がです、もう何日かの内に、もう出さなきゃなりません、まだ十月ですけれども、向こうでもあのやっぱりご準備がおありになるんでしょう、だから例えば三井教会なら三井教会から、何名参るかというその、通知を出さなければならんから、椛目から何名おかげを頂くか
   (テープ切れ)